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新着情報

平成29年度 開山忌法要厳修

開山忌とは、宗祖弘法大師のお教えを受け継ぎ、真言密教を復興された、真言宗中興の祖 興教大師さまのご命日です。
総本山智積院では、毎年12月11・12日両日は冬報恩講出仕論義・陀羅尼会法要が、全国の寺院僧侶数百名の出仕により盛大に執り行われます。

当山の開山忌法要も、12月11日 13時より、清岩寺大師堂にて、檀信徒並びに永代供養者の総供養を厳修致しました。

後は、長野教区 真福寺住職 中島宥榮僧正より ご法話を頂きました。

平成28年11月18日 観音様縁日

今月11月18日(金)11時より観音様の縁日の護摩祈祷が厳修されました。
今回の法話は日々の生活を明るく元気に過ごして頂くため、頭と体を使い体操をしました。
テレビを見ながら、僅かな時間ご家庭でも出来ます。健康で日々生活できるように実践なさってください。

七五三参り


お子さまの心身とも健やかな成長を願う七五三参りを受け付けています。
御本尊の十一面観世音菩薩とご縁を結び、ご加護を頂けますよう、お子さまの身体健全・学業成就をご祈念致します。
 ご都合に合わせてご祈禱いたしますので、お気軽にお問い合わせください。
七五三祝い
男女 3歳
男  5歳
女  7歳

平成28年10月18日 法話

皆様こんにちは。
ちょうど今、県内でねんりんピックが開催されております。60歳以上の方々が日々練習なさってその成果が発揮できる大会です。幾つになっても自分の体力増進だけでなく目標に向かって頑張ってる姿はいいものですね。
その60代以上の方々とはうらはらに、10月10日の新聞に若い女性の運動不足低下の記事が載っておりました。10代後半から30代前半にかけて、運動する習慣がある人は減り、特に30代で体力低下傾向にあると言われています。運動不足の原因は、子育てや働く女性が増え運動する余裕がなくなっているからのようです。また、40代になると運動する時間が向上しているようです。
中学生・高校生は部活などがあり、中には帰宅組もあるようですが、概ね運動する機会に恵まれています。我々も軽い運動を身近なものとして取り入れることが大事ですね。
また、その運動が趣味に繋がって行けば毎日運動を続けることができ、年を感じさせない若々しさも出てくるのではないでしょうか。健康づくりは老後に向かって自分が自分の体を守ることになります。「継続は力なり」との言葉通り、続けることに意味がありますね。
 また心配なのが、若い男女の既婚離が低く、未婚男性の7割が交際経験がないと言う事にびっくりいたしました。学生時代異性に憧れるのは当たり前だと思いますが、その思いが交際にはつながらないようです。18~34歳までの未婚者の中で相手がいない割合は、男性70%、女性59%。結婚後子どもは何人欲しいか、の問いに男女とも2人。また、未婚でもいい、結婚しなくてもいいと考えている人も多く男性30%、女性26%と高い割合になっています。少子高齢化は、大きな社会問題となりこれからの日本はどうなっていくのか、私たちの子どもたちの生活はどうなっていくのか不安になります。しかし、こうすればという解決策はないのが現状です。私たちは、高齢化に向かっていきます。運動をし、自分の健康を維持していく事は医療費の削減にもつながり、社会に貢献していく事の一つになるのではないでしょうか。

平成28年9月18日 法話

先祖を敬い亡くなった人を偲ぶ。
9月19日は、敬老の日です。戦前・戦中・戦後の苦しい時代を生き抜いて来られた先輩方には心からその労苦をお労いするとともに、長寿を祝う喜ばしい日であります。
女性の平均寿命は 87.05歳 世界第2位
男性の平均寿命は 80.79歳 長寿更新

実るほど 頭の下がる 稲穂かな と言う故事ことわざがあります。
実をつけるほど、稲穂が頭を垂れる状況をよんでいます。人も学問し年を重ね、人格者ほど謙虚であるという例えです。

私もこのことわざの通りになりたいと思っています。しかし、60年70年と年を重ねても角が取れず、他人に対して、相手を慮る事も出来ず、頭を下げる事も下げられることもない人がどれほどいるのでしょうか。
人は平等に死を迎えますが、歩む人生は様々です。仏教では、生を受けて死を迎えるまでが仏の弟子となる為の修行と捉えています。どんな困難が待ち受けていても、現実を受け止め、生きていかなければなりません。人生の経験の中で人は成長し、自分自身の財産となる徳を積んでいきたい、と思いますが、現実はそう思うようには運びません。しかし、段々と年を取っていく私たちが、子や孫に手本となるべくそのような姿を見せなければならない。
このような気持ちを持ってこれから先も精進を重ね生かさせて頂きます。と思いを込める日が秋分の日です。今一度、自分自身を振り返り、子孫に対する思い、命に対する思い、今の我々の姿をご先祖様に手を合わせ、感謝の気持ちを持ちを我々は常に心のどこかに持っておくことが大事なのです。
家庭においても、親子で感謝の気持ちを持ち、言葉を交わす挨拶を大切にする中で、子が親を敬い親はその子に教え諭し教誘する事が出来る。彼岸(苦しみを離れた安らぎのある)の家庭の一歩となるのではないでしょうか。
今心配なのが、また台風がきています。前回は、大丈夫でしたが、最近の台風はどこかに大きな被害をもたらす災害の怖さがあります。「備えあれば憂いなし」と言いますが、ギリギリまで我慢せず、早めの避難が大事なのではないでしょうか。今回の台風も、どうか皆さまのご家庭に被害が及びませんように。

秋季彼岸法要厳修


9月23日の11時より秋季彼岸法要が厳修され、お天気も良くたくさんの檀家さんにお参り頂きました。


今回は東蓮寺住職の法話と、佐世保市社会教育課の松尾秀昭学芸員が、佐世保市文化財調査報告書第15集 国指定名勝「平戸領地方八奇勝」(平成27年3月10日に名勝に指定)の報告をなさいました。

秋季彼岸

 9月19日から25日までの1週間が秋の彼岸期間となっています。今では我が国独自の仏教行事となっています。
 「彼岸」とは梵語(インドの古い言葉)「波羅蜜多」の訳で、彼岸に到る「到彼岸」と解釈され彼岸は苦しみを離れた悟りの世界の事を言います。反対に私たちが居るこの世を此岸(しがん)と言い迷いの世界を言います。
 「到彼岸」とは、苦しみに満ちた此の岸から安らぎの彼の岸に到る事です。
 仏教では、悟りへの道として布施・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・知恵の六波羅蜜(ろくはらみつ)と言います。
 布施は見返りを求めず、ただただ人に施すこと、持戒は戒めを受ける事、忍辱は我慢強く耐え生きること、精進は努力を続けること、禅定は心を落ち着けて物事をみる事、知恵は真理に基づく考え方や生き方をすることです。
 彼岸は、このような素晴らしい仏教の教えを日々の生活の中で実践できているのか、心静に自分自身を省みる、そして改めて実践する期間であります。
 ご先祖さまから脈々と繋がる貴い(とうとい)命は当たり前にあるのではなく、実は様々な力によって生かされているかけがえのない自分の命であることを忘れてはいけません。
 菩提寺やお墓にお参りし、感謝を胸に謙虚に省みる事が大切です。

 福石観音清岩寺では、彼岸期間の1週間、十一面観音様のご開帳となっています。
 どうぞ心静かにお参りください。

寺ヨガ 予定

9月11日に開催しました寺ヨガを10月30日(日)と11月27日(日)に予定しています。事前予約が必要です。
やまんた倶楽部 前田(090-8229-7763)までお願いします。各回10名程です。

寺ヨガと写経

9月11日の日曜日、朝9時30分より福石観音にてヨガと写経を行いました。

慌ただしい毎日の中で、自分の内面に意識を向け、深くゆったりとした呼吸で、スローテンポでポーズを取り、体を整えるだけではなく精神的な落ち着きも得られるヨガ。
もともとヨガは、インドに発祥した宗教的行法と言われています。心身を鍛錬する事により自分自身の精神を統一していく方法ですが、今行われているヨガは動的なもので、ヨガを行う事でリフレッシュでき、ストレス発散にもつながるととても人気です。
写経は、仏様の言葉と教えであるお経を書き写すことです。心静かに、お経を一字一字丁寧に書き写すことでお経に説かれる仏さまの教えをいただき、亡き人への供養と今を生きる人々の幸せを祈ります。

今回は10名の参加者で、ヨガで心身共にリラックスできた後は、一心に写経を行い観音様へ奉納致しました。

H28.8.18 法話


今年の観音様のご縁日、四萬六千日祭も8月8日から10日までの3日間、天候に恵まれ、例年と変わらずたくさんの皆さんにご参拝を頂きました。祭り期間中ご本尊さまの十一面観音様をご開帳致しました。皆さんお姿拝見なさいましたか。お観音様は、色んなお観音様がいらっしゃいます。手には蓮華、蓮の花、蓮の実をもってらっしゃいます。もう一つの手は施無畏(せむい)といって手のひらを上に向けて差し延べていらっしゃいますが、一切の衆生の願いを全て叶えてあげたいという思いがこの左手の形に現れています。右手に持ってらっしゃる蓮華というのは、私たちの心が浄化するように、我々の願い、苦しみを全て救って下さいます。十一面観音様は十一のお顔をもってらっしゃいます。本体も入れると十二となります。怒りの顔、苦しみの顔、それぞれの表情は、我々を救うため、怒らないといけない人には怒りの顔で、悲しんでいる人には慈悲深い微笑みで、我々を救うため十一の表情があり、救いを求めている人をもれなく救うためのお姿です。
この3日間の大祭にはたくさんの方々が、色んな思いを胸に手を合わせられました。その中で3日間とも20時からの大護摩祈祷にいらした女性の方がおられました。どのような思いでいらしたのかお尋ねしましたら、息子さんが病気に罹っているそうで、せっかく仏様とご縁をいただいたので、この3日間は修行のつもりで子どもの為にお参りさせていただきました。と、言われていました。願いというのは正に通じる、通じないという事よりも、一心に手を合わせ仏様にゆだねる事ではないでしょうか。
何事も思うようにならないものですが、なくてはならない人、居なくてもいい人、いては困る人、などなどと言いたくなる時があるかもしれません。でも、居なくてもいい人などいるはずがないのです。感情的になる事もありますが、自分自身なくてはならない生き方をしようと思い、周りの人々に思いを寄せる事が大切なのだと思います。私はなくてはならない人になるんだと、自覚を持って意志を起こす。自分が逝く時、目を閉じるその瞬間まで、そういう人でありたいなと思います。また、新しい出会いもある訳ですが、全ての出会いは一期一会となるはずです。そのひととき瞬間を大切にする事が大事なのではないでしょうか。
戦後71年という月日が経ちましたが、たった1つの原爆で一瞬の間に亡くなった長崎・広島の方々の犠牲の上に今の世の中がある事を決して忘れてはいけません。一瞬のうちに落とされた命を思う時、私たちがその代わりになって出来る事、親は子の為、子は親の為、それぞれが自分の思いを巡らせて、また亡き人の供養を続ける。そういった生き方が大切なのではないかと、7月・8月、施餓鬼・お盆とたくさんの先祖供養があるこの時期に改めて思うことです。