平成30年3月 彼岸法要

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平成31年3月22日  彼岸法要


桜もあっという間に満開になり、いよいよ春本番の暖かさになってきました。
去る3月22日小雨降るなか、11時よりお大師堂にて彼岸法要が行われました。
布教師は、東獄山西光寺住職 里見呂明僧正です。今回は法話とご詠歌をお唱えしていただきました。

法話

親しい人を亡くしたことがない自分にとって、親孝行について思いを巡らしてみますと、うちもけして住み心地がいいとは言えず、あちらこちら、老朽化しているので、もしものあかつきには何とか建て直してあげたいなと、親孝行になるかなぁと思ってしまいます。
仏教は、自分自身を幸せにしていく教えです。仏さま・ご先祖様をご供養するとともに、自分自身がどういう風にすれば、幸せな道を見つけていけるのかを指導していく場がお寺の役割ではないのかと感じるのです。
もしも肉親が・・、と、考えたときに、元気な時に足りなかった孝行を、亡くなってからでも出来る先祖供養が親孝行になるのではないかと考えます。供養というのはそういう形であって、お寺は親孝行の場。新しい発見があって、私たちお坊さんは、皆、自分のお寺をどういう風にすればいいか頭を悩ませたりするんですが、親孝行の場というものをしっかり感じられる場所にしていけばいいのかなと最近感じました。
瞑想をご存知ですか。私は、寝る前20分から40分ほど行ってから眠るようにしています。やってみて思う事は体によさそうだという事です。
私たちは、自分の心の中をそうそう見つめることはない。自分がどうしたいかよくわからないのが正直なところです。
脳科学では、右脳は直観的、芸術的な事、左脳は論理的なことをつかさどるそうです。左脳の機能がなくなると時間的な感覚がなくなるそうです。靴下が履けない、右手で靴下を履くが、左手で脱ごうとするそうです。右脳も左脳も一緒に働かないと、心(思い)と行動が上手くいかない。
瞑想も同じような気がします。やらなきゃいけないから、やる。座ってると、やっぱりやめようと立とうとし思いが拮抗している。でもだんだんと座っていると、拮抗している心が穏やかになる。
瞑想を40分した次の日は、何故か嫌な事が起こらない気がします。仏さまが守ってくださってるからかなぁ、とも思いますが、瞑想を行うことで、体の芯が柔らかくなる。その為、嫌な事が起こった時に反応する自分自身が違う気がするのです。
心が柔らかくなり、柔軟に物事をとらえる事が出来るのではと感じます。では、怒りとはどういうものかと考えますと、怒りは心の奥底に恐怖心があり、その防衛反応として怒る行動になるのではと考えます。この人は怒っている、本当は怖いんだな、と思える心の余裕ができるのです。
怒ることは、その人自身の問題で、他人にはコントロールできません。
思い通りにならないとどうしたらいいかと解決策を見つけることになる。
自分自身がどうしたらいいか、人のせいにせず判断できるにはどうしたらいいのか。
手を合わせている瞬間は、実は瞑想と同じでそういうことが起きている。体の芯が軽くなって、瞑想と同じことが起きているのです。「仏さまご先祖様に手を合わせる」それは仏さま、ご先祖様のために手を合わせるんですが、そうしていると自分自身の心も体も柔らかくなるのです。

「いろはわさん」をご存知ですか。
密厳浄土という言葉がありますが、大日如来のお大師様の言葉で、この世はそのままお浄土ですよ、我々が生きている、苦しみに満ちたと言い切っていいのかわかりませんが、この苦しみに満ちた世界でも、そのまま仏さまのお浄土ですよと言っている。瞑想の後、受け止める世界が違う、自分が見る景色が違うとお話ししました。自分自身で心も体も柔らかくしていくと、この世は決して、思い通りにならない世界ではなくて、苦しいこと、悲しいことがあってもそのまま仏さまが傍にいらっしゃる。そう思うと、苦しみも悲しみも受け取る事ができるのではないでしょうか。この世で生きていることは、仏さまに囲まれていることと何らかわりはなくて、自分自身の人生を、仏さまに守られながら生きていく事になる。お大師様はそれを確信されていたので、このような言葉を残されたのです。
私たちは、生きていると亡くなった方もいらして、悲しい、苦しい経験をすると、その苦しみを乗り越えた時、人の悲しみがわかる人間に育っていくのかなと思います。まだ父も母も健在で、そのような経験はないですが、至ってないがそのように成長したいと思っております。お大師様の、教えが我々を救ってくれて、瞑想してみるとこういうことかなという気持ちになり、人生が楽しくなる。お大師様の教えは本当に我々の人生を楽しくしてくれる。そのように思うのです。これからもまだまだ未熟者ですが、一緒に手を合わせて、皆さまと共に、自分自身の幸せを一緒に見つけていただけたらと思います。

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